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zoom RSS 九州満喫きっぷで島原鉄道の旅・・・その2

<<   作成日時 : 2008/02/23 11:26   >>

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 島原鉄道・・・公式HPはこちら
 長崎県の島原半島を沿岸沿いに走る小さな第三セクターの鉄道会社。付近には観光で有名な島原があったり、列車の車窓からは広大な有明海や雄大な雲仙普賢岳を眺めることが出来、トロッコ列車も走らせている観光色豊かな鉄道でもあります。また、平成2年11月には雲仙普賢岳災害により大規模土石流で大きな被害に遭いながらも平成9年には災害復旧工事により見事、全線復活した逞しい鉄道会社です。

 しかし、少子高齢化、マイカーの普及など利用客離れの逆境には勝てず「島原外港」〜「加津佐」が今年3月31日をもって一部廃止されることになりました。




 そんな島原鉄道・・・「一部廃止される前に全線乗りつくさなくては!」ということで、島原鉄道が接続する諫早駅へ長崎本線の普通と特急に乗り継いでやって来ました。

 
 特急「かもめ」を降りるとJRのホームと同一敷地内にある島原鉄道のホームへと向かいます。

 島原鉄道が発着するホームは0番ホーム、一応JRとの境みたいなフェンスが設置されていますが中間改札もなくそのまま島原鉄道のホームへと入ることが出来ました。

画像 0番ホームでは、「加津佐行き」の列車が既に待機していました。

 今回、終点の「加津佐」までのちょい長旅を誘ってくれるのは、キハ2500形・・・・
な、なんか、、、さっき乗ってきたJR唐津線のキハ125形そっくり・・・・というか、そのまんまですけど・・・
 この車両自体、量産型とすることでコスト削減を目的としたものなので鉄道会社と系式が違っても全く同じ車両があちこちのローカル線で見ることがありますけど・・・・・それにしても、このキハ2500形ってラッピングしていないとJR九州のキハ125形と見間違ってしまいますね  ・・・・・では、早速この列車に乗り込みます。


 10数分後、列車はゆっくりと走り出しました。
出発して数駅、市街地を抜けると進行方向、左側には諫早湾、右側には閑静な住宅街を見ながら島原半島へとさしかかります。
画像
 左側の車窓には、諫早湾が見えてきました。
諫早湾といえば11、年前に諫早湾干拓事業のため湾内を締め切った堤防やその後の漁業被害が何かと騒がれましたが・・・あれから11年どうなったのでしょうか?

 当時話題となったあの堤防を見ると気になってしまいます。


画像
 右側の車窓には、畑や住宅街が流れますが、島原半島に入るにつれその奥に雲仙普賢岳がうっすらと見えてくるはずなんですが・・・・

 う〜ん・・・・ しかし残念。
 
 この日は晴れていたんですが、霞がかかっていたので生憎ながら遠くの雲仙が見えづらいようです。 


画像
 車窓左側では諫早湾を過ぎると有明海がみえてきました。
今はちょうど引き潮のようです。

 有明海は海苔の名産地でもありましたね。四角く張ってある網は海苔網です。
ここでは、最高級の海苔が採れるそうです。



 列車は実にの〜んびりと走行します。(大凡40q/h以下でしょうか?)
画像
 うぅわ、近! 線路と民家が驚くほど近いです。 手を伸ばすと民家の軒先についちゃいそうです。

 前回、熊本電鉄に乗ったとき、そこも民家と線路が近くて驚いたのですが、ここはそれ以上・・・
しかも線路のすぐ側に家庭菜園があったりして・・・これじゃ、スピード出して走ること出来ませんね。
 このような区間では、さらにスピードを落として・・・そろそろと通過します。
 
 
 うぅっわ!! これまた近!!!  今度は海です!
画像
 列車はゆっくりと「大三東駅」に停車。
 駅の真後ろが海(有明海)とは・・・凄いですね。
こう海が近いと風が強い日なんか凄まじいことになりそうな駅ですね。

 因みに、『大三東駅』…「おおみひがし」と読むのかと思っていたんですが、これで「おおみさき」と読みます。


 諫早を出発してから1時間10分余りで中間地点の「南島原駅」に到着。
ここで数分間停車、運転士さんが交代します。
画像
 「南島原駅」のすぐ横には島原鉄道の車両基地があり、沢山の車両が休んでいました。
現在主流のキハ2500形の中には昔懐かしいキハ20形の姿がありました。

 採っても残念なことですが、今回の一部区間廃止に伴いこのキハ20形も引退するそうです。
また、さよなら企画的にキハ20形の運行も行われているようですが、今回は時間の都合で乗ることが出来ず基地で休んでいるキハ20形の姿をカメラに納めるのみとなりました。


 数分後南島原駅を出発すると・・・ おおお!!! これまたレアな車両!
画像
 自分は貨車に興味がないんで形式は判らないんですけど古い黒い有蓋貨車と車掌車・・・
なんか懐かしいですね。(自分が保育園に通っていた頃、こういう貨物列車が走っていました。)

 現在この車両は救援車両として使われているようです。



 南島原駅を出発すると、右側の車窓には雲仙普賢岳が大きく見えてきました。
画像
 嗚呼・・・でも残念ですね・・・・ 相変わらず霞がかかっていて雄大な普賢岳をぼんやりとしか見ることが出来ません。(条件が良ければくっきりとした普賢岳が見えると思うのですが)






画像
 「島原外港駅」に到着。
 
 今春4月以降に島原鉄道、南東の終着駅となる駅です。

 3月いっぱいで、これより先「加津佐」までの区間が廃止されます。




 「島原外港駅」を出ると列車はこれから、雲仙普賢岳の噴火で最も被害を受けた深江地区へゆっくりとしたスピードで進んでいきます。
画像
 列車は水無川に架かる橋梁にさしかかりました。
平成4年大火砕流で発生した土石流で古い橋梁が倒壊し5年後の平成9年、地元の熱い声援と島原鉄道社員さんの努力で見事復旧されました。
 しかし、約10年後の平成20年・・・利用客の減少には勝てず鉄道の橋としては余りにも若い年数でその使命を終えます・・・・。
 せっかく多くの人の努力で復活したのに・・・・とても残念です。 今後是非ともサイクリングロードなど有効活用してほしいものです。


画像
 列車は大火砕流で最も酷い被害を受けた深江地区にさしかかりました。
車窓の奥には、あの時の噴火で新しくできた「平成新山」もうっすらと見えます。
平成新山には10年経った今でも白い土(火山灰?)が積もっていて当時の凄まじさを生々と感じさせられます。
 現在その麓、大火砕流の被害にあった所は新しく畑が造られ、一部には新しい住宅も建っているようですが、まだまだ手つかずの場所も多くその爪痕は10年経った現在でも見ることが出来ます。

画像
 一方、反対側の車窓では穏やかな有明海が広がり荒々しい火山とは正反対の光景です。

 列車は沿岸沿いの線路を発進・停車を繰り返しながら終点「加津佐」めざしてゆっくりと走ります。

 因みに、これより先島原半島の先端にさしかかります。条件が良ければ対岸には熊本の宇土半島や天草が見えてくると思うのですが・・・やはり今日は霞がかかって見ることが出来ません。


 諫早を出発してから大凡2時間30分、終点「加津佐駅」到着。
画像
 島原鉄道、のんびりとした各駅停車の旅が終わりました。

 この鉄道には初めて乗りましたが、一言で言うととても素晴らしい所を走っていて車窓を楽しむだけでも乗りに来たいと思わせる所でした。
特に、廃止区間となる島原外港〜加津佐間はとても気に入った区間ですが残念ながら今回が最初で最後となってしまいました。

 


                          つづく・・・・・
 

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島原鉄道 キハ2500形
島原鉄道キハ2500形気動車は、老朽化したキハ55形、キハ26形、キハ20形の置き換えを目的として、1994年にデビューした。全車ワンマン運転に対応しているバスのような車両である。 ...続きを見る
ぱふぅ家のホームページ
2008/08/24 18:33

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
廃止になる列車や、廃止になる区間、今有るものが無くなることは寂しい事ですね。
廃止区間、今利用されている人たちは困ると思いますが、利用者が少ないとか、利益が無いとかでそうしないと仕方がないのでしょうけど、赤字で廃止は聞く話では有るけど、何とか存続出来ないものかと思ってしまいます。
霧がかかっているとはいえ、普賢岳見せて下さってありがとう!
のん
2008/02/23 12:59
のんサン
そうなんですよねぇ、今必死に頑張って存続している鉄道が廃止されなくなってしまうことは寂しく悲しいことです。
鉄道は公共の交通機関とはいえ、企業ですからある程度の利益を上げないと存続していけません、この島原鉄道も一部廃止することは苦渋の決断だったのかもしれませんね。(あの土石流の被害を受けながらも見事復旧する事が出来たのに・・・あまりにも勿体ないことだと思うのですが・・・)
気まま
2008/02/24 11:42
 今日は。
 廃止されるのは悲しい事ですが、いつまでも感傷に浸っているわけにもいかない。かつてここに島原鉄道があった痕跡をのこしてほしいと願う。
珊底羅
2008/02/24 13:42
珊底羅さん
そうなんですよね、廃止されるのは悲しいことですがいつまでも感傷に浸っているわけにもいかないんですよね・・・・。
自分も、今回廃止される区間にはかつてあの大災害から復興した逞しい地方鉄道の痕跡を残して欲しいと思います。特に、水無川に架かるあの橋梁…『安新橋』は何らかのかたちで有効に活用してもらいたいものです。
気まま
2008/02/24 21:21

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