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zoom RSS 2008乗り納め〜長崎へA〜

<<   作成日時 : 2008/12/27 23:33   >>

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 「白いかもめ」に乗って長崎駅へとやってきました。

 今回長崎にやってきたのは、小さい旅のお供の甥っ子が「長崎の路面電車に乗ってみたい」、「平和祈念像を見てみたい」と言っていたのと、今年のクリスマスは気ままサンタからのプレゼントがなかったのでその代わりにと長崎へ連れて行くことにしました。


 長崎駅にある観光案内所で路面電車の一日切符を買って小さい旅のお供が乗りたがっていた路面電車に乗ることにします。
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 まず最初は、小さい旅のお供の希望で”平和祈念像”を見に行くため平和公園へと向かいます。

 長崎駅前電停で「赤迫行き」の電車を待つこと数分、古い路面電車がやってきました。

 「コレ何形?」と聞く小さい旅のお供の質問しますが・・・・
自分にとって路面電車は専門外なので、答えることができず・・・思わず「知らん!」と答えてしまいました
では、早速電車に乗り込むことにします。


 路面電車に揺られること大凡10分、平和公園の最寄り電停「松山町」で下車し歩くこと数分で平和公園へ着くことが出来ました。
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 平和公園の階段を昇りきると”平和の泉”が見えてきました。
 泉の石碑には
  のどがかわいてたまりませんでした
  水には あぶら のようなものが
        一面に浮いていました
  どうしても水が欲しくて
  とうとうあぶらの浮いたまま飲みました

 ・・・と、原爆に被爆した少女の手記の一部が記してあります。

 そして、小さい旅のお供が見たがっていた平和祈念像・・・・
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 上に突き出した右手は原爆の驚異を、水平に伸ばした左手は平和を、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っています。

 この祈念像の下には犠牲者の冥福を祈る献花が絶えません。

 小さい旅のお供は小学2年生、彼の学校でも平和教育が行われ平和祈念像のことは知っていました。
しかし、それはあくまで映像や写真だけのバーチャルなものだけしかありませんでした。
こうして、実物を目の当たりにして何か思うことがあったのでしょうか、平和祈念像をしばし見上げていました。


 そして、「この際にと・・・」小さい旅のお供を連れて行ったのが平和公園近くにある「爆心地公園」。
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 平和祈念像が右手を突き出しているので、祈念像がある場所が爆心地だと誤解されていることがよくあるそうですが、そこから500メートルほど離れた「原爆落下中心碑」があるこの場所が爆心地です。

 1945年8月9日、午前11時02分、この地の上空500メートル地点で炸裂したたった一発の原爆が一瞬のうちに多くの尊い命を奪いました・・・

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 爆心地碑正面に向かって右側には奇跡的に崩れ残った浦上天主堂の遺壁がそのままの状態で移設展示されています。

 画像は浦上天主堂遺壁の上部にある石像です。
凄まじい爆風で石像の前腕が吹き飛ばされています。

 たった一発の爆弾でどうしてここまで被害を受けたのか・・・ 原爆のどこが恐ろしいのか・・・ 
未だにピンと来ない旅のお供は、自分に「原爆っていっぱい爆発したと?」、「どれくらいの大きさ?」、「何でガラスが溶けると?」など・・・質問をぶつけますが、自分は漠然とした答えを返すことしかできません・・・
画像 そこで、彼に彼なりの答えを出してもらうため原爆資料館に連れて行くことにしました。

 原爆資料館には小学6年生の修学旅行の時行ったきり、展示してある写真や資料が余りにも衝撃的でグロテスクだったので平和公園に行くことはあっても入館する気にはとてもなれなかったんですけど・・・・
この日改めて原爆資料館に入館してみると、あの余りにもグロテスクな写真の展示は少なくなり原爆の悲惨さだけをメッセージしていたあの時とは違い、現在は原爆(核兵器)の驚異と平和をメッセージしているように思いました。

 原爆の驚異を思い知らされる展示物がいくつもあり、カメラに納めたかったのですが館内は撮影禁止になっていたのでカメラの納めることが出来ませんでしたが、資料館の公式HPに是非観て頂きたい展示物が公開されていたので下記にリンクを貼り付けておきますので是非ご覧ください。
 長崎原爆資料館公式HPはこちら http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/na-bomb/museum/


 原爆資料館を出ると「半分だけになった鳥居(一本柱鳥居)ってこの近くにあると?」、「見に行きたいなぁ・・・」と言う小さい旅のお供・・・
一本柱鳥居(山王神社二の鳥居)はここから歩いていける距離にありますし、この鳥居の他に見せてやりたいものがあるので歩いて連れて行くことにしました。


 原爆資料館から歩くこと20分ほど・・・・少々迷いながらも標識のおかげで何とかたどり着くことが出来ました
画像一本柱鳥居(山王神社二の鳥居)。

 凄まじい爆風や熱波に半分が吹き飛ばされながらも、もう半分が崩れることなく当時の姿のままで現在まで残っている姿がとても逞しく思います。
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 一本鳥居の傍らにはバラバラに吹き飛ばされたもう片方の破片が保存されています。




 それから、小さい旅のお供に是非観て欲しかったのが・・・ この大楠の木!
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 凄く立派な大楠ですが・・・・

 実はこの楠、原爆に被爆し一度は丸焦げになり枯れ木同然になってしまいましたが驚異的な生命力と回復力で新芽を芽吹き次第に樹勢を盛り返し現在に至っています。
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 楠に近づくと、原爆で負った傷跡が痛々しく残っている箇所がいくらかありますが・・・・
この木が一度は枯れ木同然となったものかと思うととても信じられません。

 小さい旅のお供も、先ほど原爆資料館で丸焦げになった姿を見ているのでここまで生き生きとした大楠を見て信じられない様子・・・・ 
「多分、トトロが守ってくれとったとよ・・・」と言いながらケータイで写メしていました。



 なんだかここまで、すっかり平和教育になってしまいましたが・・・
画像

 小さい旅のお供にとって、机の上でしか見たことのない物が実際に自分の目の前で見ることが出来る貴重な体験だったと思います。

 戦争や原爆は自分も全く経験したことがない未知のことなので、その事をどう伝えたらいいか解らない部分がありましたし、小学2年生の彼がどの程度理解できたか判りませんが・・・・
この旅で、戦争がいかに醜く愚かなことか彼なりに理解することが出来れば・・・と思いました。

 世間は不景気の風に吹かれていますが、こうして大好きな列車に乗って旅が出来るのも平和であるから・・・
平和ってホント有り難いものだと改めて思いました。




       2008乗り納め〜長崎へ〜    つづく・・・・ 

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
長崎は2度伺いました。
原爆の話はとても悲しいですが…。
甥っ子様は良い経験になりましたね。
長崎の旅。
続きを楽しみにしています。
おかん
2008/12/27 23:49
気ままさん、おはようございます。

長崎へは高校の修学旅行のときしか行っていません。
原爆の話は、未知数でありながら悲しい思いが強いですし戦争というのを改めて知る事になりますね。

1枚目の路面電車の車両は、長崎電気軌道の主力の300形です。この車両は、番号の末尾が奇数と偶数で製造メーカーが異なっており奇数が新潟鐵工所(現:新潟トランシス)製で偶数番が日立製作所で作られたものです。

長崎の路面電車は全区間100円なので乗車するには本当に楽です。
くらさん
2008/12/28 06:59
 今日は。
 大楠は一度死んだ身。見事な生き返りは奇跡。人も簡単に死ぬわけには行かない。
珊底羅
2008/12/28 12:16
こんばんちぃ〜今年も大変お世話になりました。弊社(笑) は本日で仕事納めとなりますが、ブログでは引き続き、皆様の癒し空間に向けての記事を進めております。来年も尽力していきたいと思いますので、宜しくお願い致します。
ジュリアナ
2008/12/28 18:25
旅のお供さんにとって本当に良い経験になりましたねぇ。
好きな鉄道に乗って、有意義な学びも出来て…
気ままサンタの最高のプレゼントです。
戦争の悲惨さを肌で感じ、平和への思いを強くされたのではないのでしょうか。
 私も子供達に一度は連れて行きたいと思っていた広島に新幹線で行ったことを思い出します。
世界には戦火に巻き込まれている人々や子供達がたくさんいます。どうすればこのような愚かな争いがなくなるのでしょうね。
GAKU
2008/12/28 23:28
おかんサン
長崎と言えば原爆体験…自分はこれが頭から離れません。
今回、小学6年生以来原爆資料館に入館しましたが、長崎に原爆が投下されたのは、長崎市は比較的空襲の被害が少なく原爆の実験的要素もあったという事実は初めて知りました。
気まま
2008/12/29 17:32
珊底羅さん
あの大楠の生命力の強さにはホント驚かされます。
小さい旅のお供が言うとおりトトロが守ってくれたのかもしれませんね。
気まま
2008/12/29 17:33
ジュリアナさん
仕事納めですか・・・自分の職業には年中無休24時間営業なので仕事納めがありません。
一度、仕事納めというものを経験してみたいです。
気まま
2008/12/29 17:35
くらさん
返コメの順序が前後して申し訳ありません。
小学6年の修学旅行の時、原爆を体験された方の話を思い出しました。
戦時中は今の平和な日本では想像も出来ない悲惨な事が沢山あり、顔を背けたくなる話や写真もありました。
戦争は絶対にいかんです!ね。

それと、路面電車の形式教えてくださり有り難うございます。
気まま
2008/12/29 17:39
GAKUさん
広島も被爆地の一つでしたね、今回資料館を訪れるまで長崎と広島の原子爆弾は形こそ違えど同じ仕組みの爆弾だと思っていましたが、少し違う構造をしていたのでちょっと驚いてしまいました。
今度は是非、広島にも行ってみたいと思います。
気まま
2008/12/29 17:43
旅に出られるて事は、平和だし、仕事も安定しているからですよ。旅に出たいな〜♪
としおちゃん
2008/12/29 19:51
としおちゃんサン
仰る通りだと思います。
平和だし、給料はとんでもなく安いですけど安定しているから旅にも出られるんですよねぇ〜
気まま
2008/12/29 21:34

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