人生の最期に立ち会って・・・・

 介護保険施設で看護師として働いています。

 看護師として働いている以上、入所者の最期に立ち会うことがあります
介護老人保健施設というリハビリを主に行う施設なので比較的病状が安定した入所者ばかりなので頻度的には少ないですが、急に生命の危機を伴うような事態になることが年に数回あります。
 様態が急変し、あれよあれよという間に、脈拍が微弱になり呼吸も停止・・・・。
心電図モニターには今にも、心臓が止まりそうな波形が映しだされる・・・。

 理想であれば、ここで家族や親戚に立ち会ってもらって静かに人生の最期を迎えることが、急変された入所者に対して最高のケア だと思われますが・・・・。このようなケースは、ほんのわずかしか経験したことがありません。(実際、死期が近いと予想される場合は、併設した病院へ入院となります)


 高齢者は、複数の疾患を持っている上、身体機能も衰えているのでいくら元気な方でも様態が急変することがあります。(特に多いのが、誤嚥、心筋梗塞、脳卒中・・・・・etc)

 こうなると、自分の施設の場合、気管挿管、電気ショック、強心剤投与など積極的な処置が行われます。

 ま、当然といえば当然ですが・・・・。
 でも、多くは80~90歳代以上の高齢者です。入所者の多くは、急変した場合『いつでも、逝く覚悟ができているから、積極的な救命はしなくていい』という言葉が多くきかれます。
 
 先日も、介護度1で退所間近な85歳の男性Kさんが急変しました。
 入浴直後、胸部を押さえながら倒れ込みました。
 介護職員から報告を受け、直ちに浴室へ駆けつけ、状態を観察します。
ステート(聴診器)で呼吸、心音を確認するといずれも聴き取れません・・・心肺停止状態です。

 すぐに、CPR(人工呼吸・心臓マッサージ)しながら併設している病院へとストレッチャーで搬送します。
 同時に、ケアマネージャは家族へ連絡を取り積極的な救命処置を行うか否かを真っ先に確認しますが、ほとんどの家族は気が動転して積極的な救命処置を選択します。(当然、Kさんの家族もあらゆる救命処置をして欲しいとのことでした)

 でも、Kさんは、「もう、妻も周りの友人も居なくなったし・・・いつ逝ってもいいねぇ」。「もし、急に逝くような事態になったら何もしなくていい、そのまま逝かせて欲しい」と言っていました。
 
 そんな、Kさんの希望とは裏腹に、Kさんをもう一度生き返らせようと、搬送した病院の処置室では、生気を失ったKさんに気管挿管して点滴の管からは強心剤そして電気ショックなどあらゆる救命処置が施されます。

 もちろん、そこには看護師として医師の指示の元で心臓マッサージや薬剤投与など救命処置にあたる自分がいます。

 「Kさんごめんなさい!!」、「家族が来るまでもう少し頑張って」・・・・・って思いながら・・・・
肋骨を折らないように、モニターに心臓マッサージの波形が出るか出ないかぐらいに加減しながら胸を押します・・・・・・。
 でも、骨がもろい高齢者の多くは、この心臓マッサージで肋骨が折れます。
Kさんの場合も、すでに折れていました。

 Kさんが急変して、約30分ほど経ったときでしょうか家族が到着して処置室へ通されました。
(そこには、強心剤にも、電気ショックにも反応しなくなったKさんにCPRする看護師の姿・・・・)

医師が、Kさんの状態と処置の内容を家族に説明して・・・・
「CPRやめなさい」とばかりにアイコンタクトがあると、その手を止めます。
すると、モニターには平らな波形が現れ「ピ   」とモニターが鳴ります。

 程なくして医師の死亡確認。モニターの電源を落とすとそれまで「ピー」っと鳴っていたモニターに替わって、家族達の泣く声が処置室に響きわたります。
 Kさんの冷たくなりつつある身体をさすりながら号泣する家族・・・・。
 ま、こういうケースではよくある事。

 救命処置を希望していなかったKさん本人にとって、このように積極的な処置をしたことは正しかったのでしょうか?
 延命を拒否していたKさんの希望を自分が代弁するべきだったのでしょうか?
 このように、Kさんと同じようなケースに遭うたび自問自答しています。
自問自答ばかりでその答えは未だに見つかりません。
 おそらく、看護師として働く以上はその答え出ないと思います。
 
 何故なら、このようなケースは、非常に難しい問題なので簡単には白・黒つけられないし、家族としての考えもそれぞれで、看護師は自分の意見を家族には押しつけられないし・・・・・。
 ん~、難しいです。

 ちなみに、自分の施設では本年度入所時から、急変時の対応を文書で確認していますが、介護度の軽い場合、多くの家族が積極的な救命処置を希望されます。
 リハビリの施設なので、”急変ななんて考えられない”、”受け入れられない”という意見が多いそうです。また、親戚の間で話し合いが出来てないなどとりあえず積極的な救命処置を希望する家族もあるそうです。
  
 
 

この記事へのコメント

2005年10月28日 12:41
はじめまして。今日もデイケアにおばあちゃんが出かけている間にブログめぐりしている者です。いつかその時が来る、と覚悟ができているつもりでも、実際その時になったらとか、家族はどうかとか、わかりませんねぇ。最近家族といくつか話し合わないといけない事がありましたが、これも追加だなぁ。でも正直、目の前で行って欲しい気持ちはありますね…。たぶん。
2005年10月29日 10:13
 ルート様、コメント有難うございました。
 やはり、積極的な救命処置を希望されるんですね。
 自分にも、老人ホームに入所している祖母がいます。
 急変時には、家族や親戚と話し合って積極的な救命処置はしないと決めています。
なぜなら、苦労してきた祖母に人生の最期まできつい思いをして欲しくないから。穏やかに逝かせてあげたいからです。(でも、親戚の中には積極的な救命処置をして欲しい・・・安心だからという意見を持つ者がいます)
 やはり、この問題って難しいんですね。
ルート
2005年10月29日 11:26
最後の時に苦しめたくない気持ちはもちろんあります。でも私達が駆けつけるまで、待ってて欲しい気持ちもあります。ちゃんとお別れしたいと言うか…それまででいいんです。家族の我がままかなぁ…難しいですね。
気まま
2005年10月30日 22:28
 ルート様、貴重なコメント有難うございました。
 自分が看護師の免許を取る以前のことです。
 実は、今は亡き祖父の場合ですが、自分の家族は、挿管(管を通しての人工呼吸)や点滴して強心剤の投与、電気ショックなど積極的な救命処置は、本人に負担が掛かるばかりなのでしなかったそうです。
 でも、家族や親戚がそろうまでは、心臓マッサージやアンビューバック&マスク(簡単な人工呼吸)をしてもらって、最期を迎えることが出来ました。
 最期を迎える選択肢の一つとして、身体的ダメージが少ない簡単な人工呼吸と心臓マッサージだけを希望することができました。
 その結果、祖父は体中に管を通されることなくきれいで、穏やかな姿で帰宅できました。
 親戚の中には、積極的な救命処置を希望する者もいました。でも、祖父の場合この選択は正しかったのではないかと思われます。(祖父は、もう生きるだけ生きたのでいつ逝ってもいいと言っていたそうです)
 
ルート
2005年10月31日 11:27
こちらこそ、ご説明ありがとうございました。
色んな方法があるんですね。これを機会にまだ元気なうちに、家族とも考えをまとめておきたいと思います。
2005年11月08日 00:03
お久しぶりです。
おじゃましました。
私も、まだ2年目ですが、そのような場面をたくさん経験しています。
老健は、リハビリ目的の施設ですが、実際には寝たきりといわれている状態の人も多くいて、
中には、末期のがん患者の人もいました。
最期に向けての身体状況を目の当たりにすると、私にとってはまだまだ衝撃的なことばかりです。
私のおばあちゃんも今年、急死しました。
心停止する30分前までには、普通にけんかもしていたとのこと。
今の時代、年には関係ありませんが、人間である以上、くいのない生活を毎日送りたいですよね。
2005年11月09日 21:17
 のりたまです様、コメント有難うございます。
 老健は本来、家庭復帰に向けてリハビリを行うことを目的としています。でも、現実は様態が悪くなって病院へ入院するか、老人ホームへ入所となる場合が多いです。
 実際に家庭へ戻られるのは年に数件です。
むしろ、急変されて死亡退所される方が多いです。
 これから、寒い時期になると風邪引きが蔓延します・・・・。あーっ、想像するだけでも恐ろしい思いがします。
看護師一人で、入所者50名の医学的管理を任されるし・・・。
 これで、急変なんかされたらたまりません!!
 本当に、冬は恐ろしい季節です。
 
デンジャラスH
2005年12月02日 12:47
遊びに来ました♪
切ない話ですね。実は僕も准看護士の免許を持ってます。病院実習では2回ほど、経験しました。本当に、最期って辛いですね。
午前中はあんなに喋ってたのに…午後病室に行ってみると…。死後処置する時も、まだ温かいのに…っとやり切れなかった思い出があります。
2006年03月17日 18:45
介護の項目を見て、思わず見に来ました。
私は、結婚するまで介護福祉士として、身体障害者の施設で4年ほど働いていました。

障害者の施設と言えど、お亡くなりになられる入居者の方を間近で見届けたことがありました。
私の担当の人であり、私を必要としてくださっていた方でした。
入居されていたり、付き添いなしの入院といった状態の場合、身内の方々が見取る事はできませんよね…。

ご本人の希望と、身内の方の希望、それと命を預かる施設職員となれば、それぞれの想いは必ず同じと言えないことが、分かってはいますが、できるだけ身内の方が来られるまで…という必死な思いで救急処置をしてくださっていたと思います。

何より、生きてきて良かったと最期に思えるそれが大事ではないかなと、今も思ってます。

季節の変わり目、寒い冬がお年をめされた方にとって、急変しやすいんだなと思いました。

看護婦さんも、介護士さんも、体があってのお仕事だと思います。無理されずにお仕事頑張ってください。
2006年09月11日 17:05
こんにちは。コメントしていたこともすっかり忘れていたルートです。
今回、最期の話をウチでしていて、自分のコメント履歴を偶然みて、あ、こんなコメントもしていたなぁと思い出しました。
去年からはうちのおばあちゃんの状態も少しずつは変わったけど、ここの記事を改めて読んで、もしもの時、おばあちゃんを苦しめたくは無いけど母にだけはなんとか立ち会って欲しいと思いました。
勝手ながらトラックバックさせて頂きます。
お邪魔なときはご連絡をお願いします。
ルート
2006年09月11日 17:55
たびたびお邪魔します。
トラックバックの方法が結局わかりませんでしたので、私の記事で紹介させて頂きました。
それにトラックバックは自分で削除できるものなんですよね…重ね重ねすみません。
また寄せて頂きます。
2006年09月11日 20:20
ルートさん
トラックバック頂き有難うございました。
スパム対策で保留になっていましたが、トラックバック許可しました。

ルートさんの記事、読ませていただきました。
「もしも」のときについて一言では言えない複雑な思いがあるものですね。
自分の祖母も今正に、「もしも」の時を迎えようとしています。親戚を含めて「挿管する」、「しない」で色々ともめました・・・・
これらのことについて色々と思うことがあったんで今後、記事として取り上げていく予定ですので、よろしかったらまた寄ってください。
ルート
2006年09月12日 16:50
気ままさん、なんだかぐちゃぐちゃになってしまってすみません。
気ままさんの場合、職業としての知識とご自分の家族としての思いとも悩まれたかと思います。ブログを通して色々な方の思いや考え・情報を知ることができて嬉しいです。また色々教えてください。
それから、ちらちらあちこち見ていて、気ままさんは福岡の方かなぁと思ったのですが?…私も(私は?)福岡市民です。七隈線には近いけど乗った事無いのですが…一度は利用してみたいんですけどね。
2006年09月14日 20:02
ルートさん繋がりで、こちらの記事にリンクを張らせていただきました。現場スタッフの目で見た臨場感ある内容に、考えるところ大でした。よろしくお願いいたします。

http://reicosaurus.at.webry.
info/200609/article_1.html

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    Excerpt: 先日、救命処置の講習会に参加した。心肺蘇生法の手順とAED(=自動体外式除細動器)の使用法、気道異物の除去、出血時の止血法などについて学んだが、初めての経験なので戸惑うことが多かった。 Weblog: 【ミラクル介護日記】 介護福祉士になるまで racked: 2008-07-21 11:07