人生最期に立ち会って・・・ ~穏やかな最期~

 その日もいつも通り朝の申し送りを終え慌ただしい業務が始まろうとしていたときです。

 併設する病院から一本の電話がかかってきました。
電話を受けると3病棟の師長から「Mさんが危篤です」との知らせでした。
直ぐにこの旨を自分の施設の師長、ケアマネそしてTさん担当者(看護師・介護士)に伝えると交代でTさんに会いに行くことになりました。


 Mさんは、101歳になる女性で10中旬頃から発熱を期に全身状態が衰弱し口から食事も入らなくなったため併設する病院へ入院となった方でした。


 その日、Mさん担当だった看護師は公休のため不在でした。
替わりに自分が担当看護師代理として同じく担当だった介護士2人(Aさん、Bさん)とTさんに会いに行くことになりました。


 Mさんの居る病室に入ると、お孫さんとお嫁さんが付き添っていらっしゃいました。
挨拶もそこそこに「もう返事も反応もなくなりました・・・」とお嫁さんが声を詰まらせました。

 Mさんの体からは、身体的に負担になるからと(家族の意向で)腕にされていた点滴や膀胱に留置されていたバルーン(オシッコの管)も抜かれていました。
 唯一Mさんの体に付けられているのは、Mさんのバイタルサインを監視するモニターの電極だけ・・・・


 「Mさん、会いに来たよ」とMさんの手を握りながら声をかけます。
でも、Mさんの手は握りかえそうとせず力なくダラッとしたまま、返事もありません。

 Mさんはチェーン・ストークス呼吸(無呼吸と力ない不規則な呼吸を繰り返す:末期状態であることを示す)が認められ、モニターに目をやると血圧は測定不能、心電図はとりあえず心臓の鼓動を示す波形を描いていますがもはや十分とは言えませんし心拍も徐々に40(回/分)代から30代へと弱っていました。


 「返事も反応もないかもしれんけど、こちらが話すことは分からすよ」、「声かけてあげて」とMさん担当の介護士二人にも伝え、担当だったAさん、Bさんが声をかけMさんの手を二人で涙ぐみながらさすります。それにつられるかのようにお嫁さんとお孫さんが足をさすり「ばぁちゃん本当、一生懸命な人生やったもんねぇ・・・」お嫁さんが涙ながらに言うと・・・・・

 慌ただしくもそっと、その病棟の医師と看護師がMさんの病室へ入ってきました。(詰め所に置いてあるモニターがMさんの異常を知らせたようです)

 ハッとモニターを見ると心電図の波形は先ほどより小さくなり波形と波形の間隔はさらに長くなっていました。


 それから、10分ほど経った頃でしょうか・・・駆けつけた他の家族や親戚、病棟の医師・看護師そして自分たち施設の担当者が見守る中、モニターの波形はフラット(平らな波形:心停止)となりました。

 医師はMさんに軽く一例をし「Mさん目に光当てますよ」と瞳孔反応と心音を確認(死亡確認)したあと「わたしの時計で10時丁度、ご臨終されました」と死亡宣告します。
宣告後、医師をはじめ病棟の看護師や自分たちも深く一礼します・・・・
 (Mさん担当だったAさん、Bさんはこらえきれず涙・・・・)


 Mさんは家族・親戚、医療者に見守られ穏やかに、静かにこの世を旅立たれました。

 
 程なくして、Mさんと家族・親戚を残して自分たちを含めた医療者は一時退室し親近者のみでお別れをしていただきます。 

 自分たちも、Mさんをお見送りするまで時間があるので、一旦業務へ戻るため施設へと引き返すことにしました。


 施設へと戻り1時間ほど経った頃でしょうか、「Mさんがこれから帰宅されます」と病院から電話連絡があり、Mさんをお見送りするため病院の裏口へと向かいます。

 裏口には既に霊柩車が横付けされていて、病棟の看護師や医師が整列しているところでした。自分たち施設職員もその横に整列します。

 暫くすると、Mさんを乗せたストレッチャーが廊下の奥に見え霊柩車にMさんがストレッチャーごと収容されると、誰と無く一礼したり合掌したり・・・Mさんの冥福を祈ります・・・

 ストレッチャーの後からついてきたお孫さんが、見送る医師や看護師そして自分たち施設職員に深々と頭を下げられました。
そして、「Mは100歳も越えています今日はMの人生卒業の日です」、「こんなに多くの人たちに見送られてMは幸せでした・・・本当に有難う」と言われるともう一度、深々と一礼され霊柩車へと乗り込まれました。

 お孫さんが乗り込まれた後部座席のドアが閉まると、霊柩車の赤いブレーキランプがつきエンジンがかけられます。

 「ファーン」と霊柩車のクラクションが鳴らされ車はゆっくりと動き出し見送る全ての者が深く一礼しMさんを送り出します・・・・。

 霊柩車が見えなくなりゆっくりと頭を上げます。

 車が居なくなりガラ~ンとなった玄関先が目にはいると「もう、Mさんとは2度と会えなくなってしまった」という悲しさというか淋しさがこみ上げてきます・・・
でも、今回は自然な形でMさんの最期を御家族と一緒に穏やかに見守ることが出来て清々しい気持ちがしました。

 
 Mさんのお孫さんが言った「人生卒業の日」という言葉がいつまでも頭から離れませんでした。

 高齢者にとって死は「人生卒業の日」・・・

 その人生卒業の日を少しでも安らかに、穏やかに迎えられるように施設看護師であっても、もっと病棟看護師と協力して出来たことがあったのではないかと考えさせられました。

この記事へのコメント

2006年11月16日 23:47
看護、介護にあたる者として人生最後(卒業)の日に立ち会え感慨深かった事でしょうね・・・
101歳、天寿を全うされご家族も覚悟のうえ見送られたのでしょう。
私達の施設では、利用者さんの最後に立ち会うと言う事は、急変し間に合わなかった時が多いだけに、後悔だけが残ります。
もう少し早く気付いていたらとか・・・
ターミナルケアも出来るように謳っていますが、いざ急変すれば家族の同意の上救急車で搬送するかなど難しいようです。

人生最後の卒業式・・・とても良い言葉ですね^^
2006年11月17日 00:51
卒業の日…ですか。
切なく寂しいケレド、ほんわか温かくも有る言葉の響きに、何処か救われる感じがしますネ。
人の死には、それが身近なヒトであってもなくても、心を揺さぶられマス。
改めて、立派なお仕事をされているんだなぁと感じましタ。
2006年11月17日 20:08
月桂樹さん
初めて目の前で命の火が消えていくのを見た20代前半のAさん、Bさんにとってはショッキングな出来事のようでした。きっと時間が経てば良い経験になることだろうと思います。
自分の施設では昨年度から併設病院との連携を強化したことによってターミナル期にある利用者も受け入れ可能となり死期が近くなれば併設病院へ入院し穏やかな最期を迎える方が多くなりました。
でも、施設で急な心疾患や脳卒中で急変された場合は蘇生拒否であっても家族が到着するまでは心臓マッサージとアンビューでCPRします。

Mさんのお孫さんが言われた『人生の卒業式』良い言葉ですよね。自分もその言葉に感動しました。
2006年11月17日 20:41
ひいサン
この仕事をするようになって、人の死に立ち会うことが年に数回あります。これは何度経験しても人によって違うものでその度に心を揺さぶられるというか、「人生って・・・」と考えることがあります。
2006年11月17日 21:37
清々しい余韻の残るお見送り、これこそ「大往生」というのでしょうね。
気ままさんの粛々とした文章に、2年半前に我が家でも経験した、義母の“卒業”の日のシーンが走馬灯のようによみがえりました。
気ままさんたちのご職業は、日常業務も相当にハードとお察ししますが、こういうときには精神的にも厳粛であらねばならず、なかなか大変な専門職だと、いまさらのようにあらためて敬服いたします。
2006年11月18日 10:18
気ままさんの文章から、気ままさんが毎日丁寧に仕事をされているのが伝わるようです。年寄りと暮らす以上、いつどんな事が起きても…とは思っていますが、毎日毎日、時間を大切に過ごしたいと思っています。
2006年11月18日 17:56
毎日 人間の尊厳のぎりぎりの所で、お仕事・ご苦労さまです、ストレスや疲労の溜まり易い、任務・無理をしないで、健康に注意しながら、お過ごし下さい。
2006年11月19日 11:06
レイコサウルスさん
Mさん”卒業”の日に立ち会い、改めて感慨深いものを感じました。
これまで、何度となく人の死に立ち会ってきてますが、何度経験しても切ない思いをするし、「本当に自分はこの人にとって必要な看護・介護を提供することが出来たのだろうか・・・」と自問自答することがあります。
また、卒業を迎えようとしている方を目の前に施設で過ごした想い出が走馬燈のように駆けめぐり涙しそうになることもあります。
2006年11月19日 11:13
ルートさん
お年寄りは、いつどんなことが起きても不思議ではありませんね。(これ、自分の爺ちゃんの経験からも)
仕事上であれ、プライベートであれお年寄りと過ごす時は穏やかな時間を大切にしていきたいですね。
2006年11月19日 11:28
アンクルトムさん、初めまして!
職場では毎日目が回るような忙しさの中、入所されているお年寄りの看護・介護をさせていただいてます。
自分が働いている施設は老人保健施設、家庭復帰を目指した施設です。
しかし、現実には終身型の施設へ行かれたり、病院へ入院されるというケースがほとんどです。
でも、身体機能の向上・維持ができるように日常の生活の中にもリハビリをとりいれています。
これから日本は、高齢社会が益々進みます。介護が必要な方が安心して過ごすことが出来るよう自分たち施設の介護・看護職員も地域と連携しながら頑張っていきたいと思います。
2006年11月20日 00:12
人の命を預かるお仕事、お辛い場面にも何度も立ち会うことになるのですね。
すごく大変な事だと思います。尊敬します。
「人生卒業の日」
そんな風に人生を終えられる生き方をしたいものです。
2006年11月20日 11:18
どーるますたーサン
自分の目の前で命の火が消える瞬間って何度経験しても切なく、淋しい思いがします。(本文でも述べていますが、もう会えなくなると思うと・・・)
でも、自分たちがお世話させていただいた方の「人生卒業の日」を穏やかにお送りできる事は看護・介護する者にとって悲しくも幸せな瞬間(とき)だったりします。
2006年11月26日 17:37
こんにちは。 ぼくは自分の父親の亡くなった時の事を思い出しました。
2006年12月08日 21:33
私も昨日の夜勤で一人お見送りをしました。
午前4時すぎ、一台のモニターがピッピッピーと鳴りすぐ止み 一呼吸付いて又鳴り出しました。
看護師さんもヘルパーの相棒も仮眠中。
モニターの君の所に行くと酸素マスクが顔から外れていたのですぐ直し、様子を見ていました。
心拍数、呼吸数すぐ正常に戻りホッとして詰め所に戻ったら また鳴り出しました。
今度は止まりません。
担当看護師を起こしてモニターの君のところへ、呼吸数が減りつつありました。
瞳孔チェック、ドクターコール。
呼吸数が0、心拍数は正常値のまま。
延命拒否の方でしたのでそのまま観察待機。
約8分後、心臓停止。
事務所へ報告、ご家族に連絡。
「95歳、人生の卒業式」に立ち会いました。
貴重な1日でした。

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