鹿家駅・・・
昭和13年に建てられたレトロな木造駅舎が魅力的だった鹿家駅
地元有志の方が保存のため色々と働きかけてくれましたが、駅舎自体の傷みが激しいことや維持費などの問題で惜しくも解体されてしまいました。
鹿家駅が解体されているところは電車の窓から何度となく見ていましたが・・・
とても痛ましく目をそらしてしまい・・・ この現実を受け入れることが出来ませんでした。
それから1が月ほどが経った梅雨の中休みの日、鹿家駅の前を通りかかったので久しぶりに寄ってみることにしました。
鹿家駅に行ってみると・・・
そこにはやけに広くなった駅前広場に桜の木と電話ボックスがぽつんと残されていました。
駐車場から見る光景もすっかり変わり、夏模様となった空がスッキリと見える様は何か切なげです・・・。
折角なので・・・ すっかり小さく簡単に造られた新駅舎を見てみることにします。
新しい駅舎に足を踏み込もうとすると・・・
そこには懐かしい鹿家駅の面影というか形見がありました!!!
それは旧駅舎に掲げられていた味わいのある駅名板・・・
因みにこの駅名板、まだこの駅が有人駅だった昭和の時代に枯れた桜の木を利用して作った物だそうです。
そんな思い出のある駅名板、地元の方が解体の時に破棄されるのであれば譲って欲しいとJRに打診したところ法律の問題で譲渡は出来ない(←JRさんこんな法律ホントにあるの?だったらオークションで不要になった備品を売っているのは何故?)そうで新しい駅舎に掲げられることになったそうです。
そしてその下には・・・ 旧駅舎のラッピングが施されていました。
なんとも粋な計らいに・・・ 感動!
ちょっとした思い出をここに残してくれたことに感謝です。
新しい駅舎のベンチでしばらくこの写真を眺め、この駅を去ろうとしたとき西唐津行きの電車が入ってきました。
最後にこの電車が去って行く所をカメラに納めましたが・・・
スッキリとしすぎた敷地からスッキリと見える電車がとても新鮮に思えました。
地元有志の方が保存のため色々と働きかけてくれましたが、駅舎自体の傷みが激しいことや維持費などの問題で惜しくも解体されてしまいました。
鹿家駅が解体されているところは電車の窓から何度となく見ていましたが・・・
とても痛ましく目をそらしてしまい・・・ この現実を受け入れることが出来ませんでした。

それから1が月ほどが経った梅雨の中休みの日、鹿家駅の前を通りかかったので久しぶりに寄ってみることにしました。
鹿家駅に行ってみると・・・
そこにはやけに広くなった駅前広場に桜の木と電話ボックスがぽつんと残されていました。
駐車場から見る光景もすっかり変わり、夏模様となった空がスッキリと見える様は何か切なげです・・・。
折角なので・・・ すっかり小さく簡単に造られた新駅舎を見てみることにします。
新しい駅舎に足を踏み込もうとすると・・・
そこには懐かしい鹿家駅の面影というか形見がありました!!!
それは旧駅舎に掲げられていた味わいのある駅名板・・・
因みにこの駅名板、まだこの駅が有人駅だった昭和の時代に枯れた桜の木を利用して作った物だそうです。
そんな思い出のある駅名板、地元の方が解体の時に破棄されるのであれば譲って欲しいとJRに打診したところ法律の問題で譲渡は出来ない(←JRさんこんな法律ホントにあるの?だったらオークションで不要になった備品を売っているのは何故?)そうで新しい駅舎に掲げられることになったそうです。
そしてその下には・・・ 旧駅舎のラッピングが施されていました。
なんとも粋な計らいに・・・ 感動!
ちょっとした思い出をここに残してくれたことに感謝です。
新しい駅舎のベンチでしばらくこの写真を眺め、この駅を去ろうとしたとき西唐津行きの電車が入ってきました。
最後にこの電車が去って行く所をカメラに納めましたが・・・
スッキリとしすぎた敷地からスッキリと見える電車がとても新鮮に思えました。
この記事へのコメント
駅舎の新しい時代ですね~
古い物は古い価値があり、そして新しい物は又新しい価値がありますよね!
私の平戸の実家も兄夫婦と同居の為数年前新築に建替えられましたが、思い出あって家壊す時、寂しくとても切なかったです。
新しい家も住みやすくて良くて複雑な気持ちです。
庭に有った大きな桜の木がどうしても道路確保の為切る事になり、その桜の木で家具職人さんにテーブル作ってもらいました。
時代が移り変わるのを見るのって、なんか悲しいような、嬉しいような・・・
全くその通りですね、時代の移り変わりを見るのって、新旧の入れ替わりがあったり、慣れ親しんだ環境から急に真新しい環境に変わったりして悲しいような嬉しいような・・・複雑な気持ちですね。
桜の木、残念ながら切られてしまったようですが、テーブルに生まれ変わり新たな役割を得てきっと喜んでいるでしょうね。(^_^)
レトロな木造駅舎と桜のコンビも今年の春が最後でした。
今後、桜が淋しがるのではないかと心配です。
残念でしたね。
維持費も大変なんでしょうね~
駅の看板もいい雰囲気で
写真が残り拝見できてよかったです
どうにか保存の方向で動いていたようですけど・・・
維持費や修復費が莫大でにどうにもならなかったんでしょうねぇ・・・。
残念ながら取り壊されてしまいましたけど、新駅舎には旧駅舎の駅名板が掲げられその下には旧駅舎のラッピングもあり最高の演出を施されていました。
ほんと怪しいですね。
この看板は駅前のお店を営む人が欲しいと言われたようですが本文のような事情で譲渡を断られたそうです。
法律というのは、その場しのぎの良いわけかもですね。
嘉例川駅のように有名になって100年とか肩書きがあれば残ったかもですね。だんだん古い駅が消えていきます。
とうとうやってきてしまいました駅舎の解体・・・・。
この駅は国鉄時代の早くから無人駅でしたし、海風が当たる場所でもあったので余計に傷むのが早かったんでしょうね。
ホント、嘉例川駅のような100年の歴史がある駅だったらもっと早い段階で本格的な修復がされたかもしれませんが・・・
この駅に関しては昭和13年に落成されたので木造の駅舎としては割に若いかも知れませんね。
壊される前に見に行けば良かったなぁ~;;
とうとう壊されちゃいました・・・旧鹿家駅舎。
桜の花が咲く4月には旧駅舎とのお別れ会もあったんですよ。
新しい駅、スッキリこじんまりでこれもまた良しではないでしょうか。
取り壊され異常にスッキリした旧駅舎の跡地を見た瞬間とても切なくなりました。
新しい駅は、駅舎と言うより待合所・・・あまりにもスッキリしすぎてしまいました。
でも、旧駅舎の駅名板やラッピングが施してありちょっとした感動がありました。